怒りの感情を表せない自分に凹む


本日 ドッグランでさくらに噛まれました…。
犬に噛まれるのは子供の頃から慣れてはいますし、噛んだのは愛娘犬…とはいえ、やっぱり痛い…。

怪我などをすると、人間の体で本当に精巧に作られているんだなって痛感します。さして力など使わない玄関の鍵を回すだけで痛い。

さて、怪我の原因から。

原因はドッグランで遊んでいた大型犬がさくらのお散歩バックの中をまさぐったことから始まります。

大型犬がさくらのバックから「何か」を口に入れたようで、大型犬の飼い主が

「何か口に入れた!口に入れた!」と大騒ぎ。

バックからは何も無くなっていないので、「何も無くなっていませんよ」と私がムッとして答えたことで人間が感じた負の感情を犬同士が敏感に感じ取ったのか、

もしくは、自分のものを誰かに触れられるのが嫌いなさくらが、自分のバックを他人(犬)にいじられたことが気に入らなかったのか、

犬同士がケンカになり、そのケンカを止めに入ったことで

「ガブっ」とやられました。

まあさくらに噛まれたのが私でよかったです。

ですが、帰宅途中 どうにもならない悶々とした気持ちに。

私なりに整理すると「怒りの感情に蓋をして、相手にきちんと言いたいことを伝えられなかったから」なのかなと。

相手の人は、自分の飼い犬が他人のバックをまさぐったのにも関わらず、そのことに詫びもしないで、誤飲させるようなものをお散歩バックに入れていた私たちが悪いという言い方。

その相手の言いっぷりに私は何も言い返せませんでした。

大型犬が何かを口に入れたOR入れない以前に相手の飼い主に対して、

「他人(犬)のお散歩バックをまさぐったのだから、そもそもそれがおかしいでしょ」

と、私が言いたいことをちゃんと言えれば、たとえ結果は噛まれたとしてもこの悶々感は無かったのかなと。

(ちなみにワンコがバックをまさぐることに対しては、なんとも思っていません。至って普通のこと。うちのさくらはそういうお行儀の悪いことはしませんが)

わたしは「怒り」という感情を他人に出すのは苦手というか好んでいません。怒りの感情が湧くと「よくないこと」と思って、グッと飲み込んでしまいます。

いい子ちゃんでいたいってことなんでしょうかね。

GW中に食器棚や収納棚を整理しながら、どれだけ自分が他人からいい子ちゃんと思われたいのか?という部分を垣間見て、ため息多しでしたが、

怒りの感情を飲み込む

という点においても、いい子ちゃんでいたいのか?
それとも自分が自分に対して何かを偽っているのか?という部分を見つけたような気がして「残念ね、わたし」と凹んでいます。

怪我という痛みを負ってまで、自分が自分に教えてくれていることなので、凹んでいますが真摯に向き合うしかありませんな。