「めんどくさい」って言ってたら、自分の人生そのものが面倒になる

「学校では教えてくれない生理の話」で生命の誕生の成り立ち、布ナプキンについて講義をする小山田貴子さんがこんな投稿をされていました。

『布ナプキンはめんどくさい問題』

布ナプキンがいいことはわかっているけど「めんどくさい」。私も聞きます。布ナプキンに限らず

  • ヘナも → 自分で塗るのがめんどくさい
  • ナチュラルクリーニングも → 今までとやり方が全然違うからめんどくさい

など。昨今は日本一億総忙しい症候群なのか、面倒なことを避けよう避けたい風潮が強くなっている感があります。

また「がんばらない」「引き寄せ」「運を味方につける」など、楽な方法でいい人生を送れないものかと考える人も多いような。なんせ男性読者が多い日経新聞の広告欄にも「運をよくするためのホニャララ本」がたくさん掲載されているくらい。

まあ、年功序列がほぼほぼ崩壊し、年々 給与が上がったり、60歳以降は年金でお気楽な生活を送る・・なんていう時代ではなくなりました。会社組織で上がっていくのはほんのほんの一握り。そこに引っかかるためにも、引っかからなくても「運」でカバーしたくなる気持ちはわからなくはない。

でもですね。。。

私の持論になりますが、自分の身の回りのことを「面倒」「めんどう」「メンドウ」って言っている人に良い運などやって来ないと思うのです。逆に面倒な事ばかりやってくるような。。。

脳は一人称でしか物事を把握しないといいます。「面倒だ」って言ってれば、脳は「面倒が好きなんだ、この人」ってことで面倒な事ばかりを身の回りに引き起こすのだとか(経験ありますわー)。

布ナプキン、ヘナ、ナチュラルクリーニングは、まあ確かに最初のとっかかりは不慣れで「あぁぁあもう!」と、それこそ面倒だと思ったことはありました。しかし、慣れもありますが、

やってるうちに『これは開運行動だ』と思うようになり、苦どころか楽しくなったと思っています。

  • 家を掃除すること、
  • 布ナプキンを使うこと、
  • ヘナを自分で塗ることは、、、、自分と向き合い自分を整えることです。

自分を整えることがなぜ開運か?→自分自身を整えていくことは自分を肯定するし自信にも繋がる。自信は内面を輝かせ自分を幸せにしますから、運がついてくるのだと思います(やや強引な言い分だけど)

いいことだとわかっているけど面倒だからやれない・・・と思うなら、「これをやれば『開運』する!」と思えばいいのでは? 家でできるから、パワースポット巡るより遥かに費用対効果が高く、脳も「運が開く。運が開く」って覚えますから勝手に運が巡ってくると思います。

セドナとか遠いところに行かずとも自分の身の回りを自分で世話しているだけでいいんだから、みんなやればいいのに・・と思うのは私だけでしょうかねぇ。